「良心のお葬式」は、葬儀・法事の市民サポート組織です
低料金で厳粛なお葬式の実現を!! 

元警察官・現僧侶が葬儀相談対応
無料

元警察官・現僧侶

「良心のお葬式」は、葬儀・法事の市民サポートセンターです。
元警察官で現僧侶を顧問として迎え皆様の相談に応じています。
葬儀(お葬式)は、殆どの方が事前に用意される方は少ないと思います。
身内の方が亡くなった場合、どうしても動揺してしまい、「直ぐ、葬儀社に連絡!!」となってしまうようです。
後々、後悔される方もおられます。
お葬式となった場合、絶対、葬儀社依頼前に無料の事前相談を行って下さい。

葬儀と僧侶とお経

日常、私たちはなかなか気づかないですが、死 と常に隣り合わせに生きているのが現実です。
身近な者の死によって、そのことを気づかされることがあります。
死の恐怖などから宗教・仏教というものが生まれ、古来から現代まで、宗教・仏教が脈々と受け継がれてきているのはそのためではないでしょうか。
人の死は、今日まで仏教と深く関わってきました。
現代もそのことは受け継がれ「人の死」イコール僧侶の読経となっております。
只、最近は人の死が軽んじられてきている事なのか、お葬式も簡略化され、僧侶の読経もなく葬儀が終わるということがあります。
人には、良いも悪いもその人の人生があったと思います。
そのことを大切に思い厳粛なる葬儀・厳粛なる僧侶読経が必要ではないでしょうか。

葬儀と僧侶読経!!

僧侶の読経で故人を送る
我が国は仏教国ということで、昔からお葬式においては、僧侶の読経で故人を見送っていました。
現代は宗教離れ・仏教離れ・檀家離れと言われる時代ですが、私たちの心の中には「僧侶のお経で故人を送ってあげたい」と思う気持ちが根強く残っています。
故人をお経で送ってあげることは、故人の遺徳をしのび、残された者の幸せを叶えるものなのです。
葬儀と通夜
私達は、故人の死を厳粛に受け止め、故人を偲んで通夜を執り行い、お経をあげさせて頂きます。
葬儀と葬儀式
葬儀式には、親族、親戚縁者、故人のお世話になった方、故人と何等かの形で関わった方などと伴に、お経をあげて故人を偲びます。
これらのことが、葬儀時の仏事としての読経なのです。
葬儀時のお経の大切さ
私たちは古来より、仏教を信じ守って来ました。
そして故人の死を厳粛に受け止め、偲ぶ形として葬儀・葬式という形が作られてきました。
現代は、目に見えるもの、裕福なことが幸せ、という観念で生きてきているように思います。
ですが、目には見えななくとも、自分があるのはご先祖のおかげということを、認識すべきことによって幸せが訪れると思います。
どのような葬儀であっても、ご先祖が信心してきたお経での葬儀を執り行うことが大切だと思います。

死の直後に枕経を

枕経は大切

枕経の意義
枕経とは、人生の終わりに臨んでご本尊に対するお礼の勤行です。
枕経は人が亡くなった際、仏さまに対し「お世話になりました。今後とも残された者をお守り下さい。」と、出来るだけ早くお経をあげさせて頂くのです。
人生を終えようとする本人がお勤めするものですが、いつ寿命が尽きるかはわかりませんので、仮に生きておられるものとしてお勤めさせて頂くのです。
ですから、お経の中でも枕経(まくらぎょう)は非常に大切なお経なのです。

何をおいても枕経(まくらぎょう)

日本は仏教国であることから、一昔前はお寺に身内が亡くなった旨届け出(報告)し、お葬式依頼前に、まず枕経(まくらきょう)をあげ、その後にお葬式の段取りをしました。
近年では、最初に葬儀社に連絡します。
ですから、葬儀社に言われるままに事を運んでしまいます。依頼を受けた葬儀社は、「枕経(まくらぎょう)をあげましたか」と、最初に言う葬儀社(担当者)は殆どいないと思います。
宗教離れ・仏教離れから「枕経を」と、思う人は少なくなってきておりますし、葬儀社自体も「まずは、枕経を」と、言いわなくなってきています。
ですが、「人が亡くなれば、何をおいても枕経」なのです。
亡くなられてからなるべく早く、僧侶に来て頂き枕経をあげることが大事です。
僧侶が、本人に代わって枕元に座ってお勤めしたことから枕経と言われるのです。
遺体に対して読経するものではありません。
浄土真宗では「臨終勤行」と言います。
最近では、枕経(まくらぎょう)はあげず、或いは通夜経と同時に挙げている方が多いようです。
ですが本来、枕経(まくらぎょう)をあげることによって、

故人のお顔が「綺麗に!」

と言われています。
それ程、お経(おきょう)は、人の死に大切なことなのです。
ですから、枕経は亡くなられた後、出来るだけ早く通夜経とは同じくせず、あげることが大切だと思います。
お葬式に際して、ご自宅或いは葬儀会館などの安置場所において、納棺までに枕経をあげることが、その方の最後の阿弥陀様に対するお礼として、仏式葬儀では非常に大切なことです。
枕経は、故人にとって一番大切なお経!!
枕経は故人にとって一番大切なお経です。
それは故人さまが仏さまに対し
「久遠という、とてつもない昔より今日まで絶えることなく、お育て頂きましたおかげで、いよいよ娑婆の縁尽きて、阿弥陀如来さまのお浄土に往生させていただきます。
今日までありがとうございました。」
と、死に臨んで本人があげるお経なのです。
ですから、臨終勤行ともいわれる所以なのです。
しかし、私達はいつ寿命が尽きるか分かりませんので、仮に生きておられるものとして、僧侶が故人の枕元に座ってお経をあげさせて頂くのです。
枕経(まくらぎょう)は、仏様に「お世話になりました。
ありがとうございました。」等のお経でありますので、亡くなられてから納棺までの間にあげるのが本当なのです。
私たちは古来よりご先祖を崇拝し、仏教を信じ守ってきました。
このことが私たちを、仏の教えである「共に生きていく」という人間を育ててきたと思います。
世の中がいかに変わろうと、私たちは人間として生きていかなければならないのです。
そのためにはやはり、仏教の真髄であるお経を心のよりどころとして、人が亡くなった際には「お経」で故人を送ってあげることが必要ではないでしょうか。
今後の幸せのために、手抜きのない葬儀を!!
私達は宗教離れ・仏教離れしているからと言って、宗教的儀式を全て省いているという人は皆無だと思います。
それはどの国においても人間は、儀式を重んじてきた歴史があり、その歴史が受け継がれてきているのです。
「儀式」イコール「人間の幸せ」を求めているからです。
故人を偲び、遺族の幸せを願うからこそ「枕経をあげる」といっても過言ではありません。
人が亡くなれば、最初の連絡は葬儀社ではなく僧侶に!!
最近では病院で亡くなる方が殆どのため、遺体搬送のことからどうしても最初に葬儀社に連絡してしまい、その遺体搬送を依頼した葬儀社にそのまま葬儀依頼をしてしまいます。
その葬儀社が良い葬儀社であればいいのですが、そうでなければ「葬儀社の都合」によって葬儀を運んでしまいます。
遺族のことを真に考えて下さる葬儀社であれば「深夜など時間帯に関係なく」枕経を勧めるはずです。
葬儀社の良し悪しが分からない私達は、最初に葬儀社に連絡するべきではないと思います。
私達、幸せを望む者にとっては枕経を出来るだけ早く上げてくれる僧侶或いはお寺に連絡すべきなのです。
「枕経」を省力してはならない
現代は、多種多様の職種、裕福さを求めての共働きなどから、昔のように全ての身内、友人・知人が揃うことは殆ど無くなりました。
そのような社会情勢から「目に見えない事」は、どうしてもおろそかにされたり、省略化されているような社会となっているような気がします。
しかし、反面では私達は幸せを望んでいるのです。
人によれば幸せのために「共働きをして稼いでいる」と言われると思います。
ですがどうでしょうか?
手抜きをしたことは完成されたものではなく、又心がこもっていないものとなっているのではないでしょうか。
「枕経」は仏さまに対する「お世話になりました。ありがとうございました。残されたものを見守って下さい」という思いのお経なのです。
ですから、簡略化した葬儀を行う事なうことなく、一昔のように「亡くなって出来るだけ早く枕経をあげる」という一つ一つの事柄を大切にした葬儀・葬儀式を行って頂ければと思います。

檀家・門徒制度

 檀家制度の成り立ち

檀家制度の成り立ちは、江戸時代の城江戸幕府の政策にさかのぼります。
江戸幕府は1613年に全国を対象としてキリスト教の禁止令を発布しました。
それとともに幕府は全国民を仏教諸宗のいずれかに所属させる政策を取ったのです。
そして幕府は寺院に庶民がキリシタンでないことを証明する役割を命じました。 武士2このため庶民は、キリシタンでないという証明を必要としたため「旦那寺」に絶対的に服従せざるを得なかったのです。
これが「檀家制度」の始まりであり、「旦那寺」が菩提寺なのです。

檀家・門徒制度の崩壊

現代は、宗教離れ・仏教離れから檀家・門徒制度が崩れ、都会では、大半の方がお寺とのお付き合いが無いのが現実です。
ですから、いざお葬式となった場合、
「葬儀でお経をあげてもらいたい」と思っても、どこに依頼すればよいのか分からず、ほとほと困ってしまいます。
近年では、
お寺との付き合いのない方
お寺とお付き合いをしたくない方
お寺・僧侶とは、その時々の付き合い(葬儀・法事など)でよいと思っている方
が、大半となっております。

葬儀と戒名(法名)

葬儀と戒名(法名)のつながり
人が亡くなれば、人の死に対する儀式を行ってきました。
そして、私達は古来より仏教国で、仏教を信じる心を育んできました。
その信心深い性格を先人より受け継ぎ現代に至っています。
そのようなことから、お葬式に際しては、戒名(法名を)付けられる方が殆どとなっております。
最近では葬儀に於いて、亡くなった方が仏門に入ったということで戒名が授けられるようになりました。
葬儀と戒名(法名)
戒名とは、
厳しい戒律を守って仏門に入った人の名前のことです。
詳しく言えば修行をして、経典を学び、仏教を教学した証として与えられるものなのです。
戒名は、本来ならば生前に与えられるものなのですが、仏教離れなどから殆どの方が生前にいただく人は少なくなって亡くなってからいただく人が殆どとなりました。
真言宗・天台宗・臨済宗・曹洞宗・浄土宗は「戒名」と言います。
浄土真宗では、「法名」と言います。
戒名の種類
〇〇院 △△ □□□ ▽▽
院号  道号  戒名   位号
院号は、寺院や社会に対して非常に大きな貢献をした人に贈られる称号で戒名の中でも最も高い位です。
道号は、仏教の道を究めた人へ付けられる特別な呼び名を意味しています。
道号があることによって、戒名に格式の高さや個性がプラスされます。
戒名は、仏の世界へ行ける証として与えられる名前です。
位号は、戒名の最後に付けられる2文字の漢字です。
性別や年齢によって使い分けられます。
戒名を頂くにあたって、戒名(法名)の種類によってお布施額(戒名授与料金)に違いがあります。
※注)
浄土真宗では、法名と言い一般的に「釋 〇 〇」或いは女性の場合「釋尼 〇 〇」と付けます。
院号を頂いた際には「〇 〇 院釋 〇 〇」或いは「〇 〇 院釋尼 〇 〇」と付けます。

無料相談を利用~正しい情報の入手

普段からお寺とのお付き合いが無く、急にお葬式となった場合、「どこに依頼すれば?」と困ってしまいます。
1つの解決方法としては、現代はパソコンなどメディアの発達によって簡単に情報を入手できますので、スマートホンなどで色々な情報を入手することです。

元警察官現僧侶 に、葬儀相談
現僧侶の携帯 09015882757

只、気を付けなければならないのは、情報量が多すぎて混乱してしまうことと、間違った情報を入手することです。
かえって、昔のほうが情報量の伝達数は少ないが、情報の正確さはあったと思います。
現代に生きている私たちは、情報を鵜吞みすることなく、自分の知りたいことについて2~3か所は当たって正確な情報を得ることが大切だと思います。

「葬儀は葬儀社に、お経は僧侶に」の関係

全てを葬儀社任せにしない!!
現代は、殆どの方が病院で亡くなります。
早くご遺体を病院から安置先へ移動させなくてはならないため、まず第一に葬儀社に連絡してしまいます。
しかし、一昔まではご自宅で亡くなる方が殆どでしたので、まず隣保の代表者に連絡し、隣保の主だった人や身内で葬儀の段取りを決めたものです。
現代のように葬儀全てを第一報した葬儀社任せにしてはいなかったのです。
葬儀社依頼と僧侶依頼は別々に依頼すること!!
ですから「葬儀社はどこに依頼するか」「僧侶(読経)は依頼したか」と、よく熟慮して葬儀社依頼と僧侶の読経依頼を行ったものです。
そのことから葬儀費用の内訳、僧侶へのお布施など葬儀全般の葬儀費用の明細が明瞭だったのです。
現代は葬儀社に全てを任せているところがあり、葬儀費用の内訳がはっきりしないところがあります。
私たちは喪主などとして、葬儀を経験することは殆どありません。
ですから、ついつい安易な方に流れ葬儀後に悔やむことが多いのです。
現代は、メデァの発達によって色々な情報が直ぐに手に入ります。
ですが反面、誤報も多いということを認識しておかなければなりません。
明瞭なお布施のために!!
最近では身内の者が亡くなった時、宗教離れ・仏教離れから、お寺に連絡することは殆ど無くなりました。
又、病院で亡くなられる方が殆どですので、ご遺体搬送のため第一報は葬儀社に連絡するのが普通の形となっております。
ですから、お寺への連絡或いは僧侶への読経依頼は、遺族からではなく葬儀社から入るような形となっております。
ここに、お布施の不明瞭さが生まれてきます。
全てではないと思いますが、お礼をしなくてはという素地が出てくるのです。
そこに、お布施の不明瞭さが出てくるのです。
このような不明瞭さを生み出さないためにも、葬儀社依頼と僧侶読経依頼は別々に依頼するのが得策なのです。