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葬儀と告別式

葬儀とは、死者を弔う宗教的な儀式のことをいいます。最近では、この葬儀と告別式を同一のものとみて葬儀式として行っています。

告別式とは、本来は葬儀の後に行われる故人の友人・知人などが故人とお別れを告げる儀式のことをいいます。この葬儀は宗教が発生する以前から行われていたともいわれています。

一昔前の葬儀

一昔前の葬儀は、亡くなって直ぐに仏さまに対して「今までお世話になりました。ありがとうございました。」等の意味を込めて枕経(まくらぎょう)をあげていました。

そして、通夜式を亡くなられた当日或いは翌日に行っていました。その葬儀場所は、殆ど自分宅で行っていました。葬儀後には、初七日、二七日と満中陰まで七日ごとのお参りを僧侶が行っていました。

そして、参列者は親戚一同、村落の殆どの者が参列して行われていました。

現代の葬儀

現代は、殆どの方が枕経(まくらぎょう)を飛ばしてしまい、通夜式を行っています。昔からの言い伝えでは、枕経(まくらぎょう)をあげるとお顔が綺麗
になるといわれています。宗教離れ・仏教離れからそのことは伝わっていないのでしょうかね。

高度経済成長期ごろから、初七日は骨上げ後に初七日法要を行うようになりました。
最近ではその初七日法要も、もっと早く行うようになり告別式のお経の後に続いて初七日法要のお経をあげて済ませてしまう「式中初七日法要」という形式も出てきております。

又、七日ごとのお参りも殆ど行われなくなりました。ですから葬儀形態も一昔と違い、通夜のある一般葬以外の直葬(釜前葬)、1日葬、という葬儀形態も出てきております。

そして、葬儀式場も昔のように自宅で行うのではなく、葬儀社の葬儀式場などが大半となっております。参列者においても一昔のように多くの人が参列することなく、身内だけで行う密葬いわゆる家族葬と呼ばれる葬儀が増えてきております。

葬儀業界の乱立

近年は、高齢化社会であることから葬儀業界は一大産業を成して、葬儀社の乱立状態となっております。葬儀社の乱立によって、葬儀費用の低価格化につながっていることも確かですが、反面「安かろう、悪かろう」という葬儀社もあります。

「これが葬儀式なのか?」「遺族は、このような葬儀で納得しているのか?」と思う葬儀も増えてきております。葬儀とは、故人の人生の最後の締めくくりなのです。

それをあまりにも葬儀費用の低価格に惹かれ、「葬儀を行っています」という、形だけの葬儀は如何なものかと思います。勿論、遺族の方たちは葬儀をあまり経験しませんので、「これが葬儀だ」と思い込み、葬儀社の思うがままに、葬儀を行っている所が見受けられます。

現代は、金銭で全てを評価する傾向にあります。ですから、お金をかけなければ「これは、省きます。付いていません」という形になっており、低価格の葬儀は、色々なものが省かれており、その価格なりの葬儀となっているのが現状です。

金銭で全てを評価するということイコール、サービスも金銭を出せばサービスがあります、というのが葬儀業界を動かしているようです。ですから、本当に親切な安心して葬儀が出来る葬儀社を探すことが大切な時代となってきています。

派遣企業の葬儀業界への進出

お寺離れから、数十年前にお寺さんに法事を斡旋する業者が出てきていました。最近では、お寺さんに法事や葬儀時の読経を斡旋するだけではなく、依頼者より葬儀も受付て、その葬儀を葬儀社に斡旋する業者が出てきております。

私達はネームバリュ-に引き付けられる所があり、ネームバリュ-を利用して、葬儀業をつまり斡旋業を営んでいる業者が出てきております。

この斡旋で注意が必要なのは、低価格を売りにしていますので私達には良いことかもしれませんが、斡旋料としていくらかの料金がかかりその分、葬儀業者の負担となり、葬儀社はどうしても質を落とさなければならないような状態になっているようです。(儲けるために)

業者によっての質の落とし方或いは質量的な落とし方によっては、依頼者である私達に跳ね返ってきて、質の悪い葬儀となりかねないのです。ですから、葬儀業者の資質が問われますが、良い葬儀業者を突然の葬儀で見極めるのは至難の業だと思います。

全てお金で解決する時代の到来

私達が直視しなければならないのは、「金銭で全てを評価する」という時代になってきているということです。どういうことかと言いますと、「金額は高いが良い品物だ。」という、お金を出せば品などがよくなって、サービスを期待して良い品などを得ようということは殆ど無くなってきているということです。

サービスにあっても、「金銭を出してサービスを受ける」つまり全てがお金で決められるということなのです。ある飲食店でのことですが、少し「ねぎを足して」と、お願いした場合、追加料金が入りますというところがありました。つまり、全てお金で解決という時代となってきているのです。

檀家・門徒制度

檀家・門徒制度が確立されたのは江戸時代です。徳川幕府が庶民を管理するために行った制度で、地域を分断してその分断された一地域を旦那寺としてお寺に私達庶民を管理させたのが始まりです。

つまり幕府は、幕府の転覆を企てるものを恐れ、お寺に庶民を管理させ、庶民はお寺より身分を保証されたのが檀家・門徒制度の始まりです。

ですから、菩提寺はこの江戸幕府の管理から始まっているのが大半だと思います。私達は「お寺を見れば心が休まる」「お寺でお釈迦さまの教えを聞きたい」ということではお寺は必要だと思います。

ですが、「お寺に代々居住して、他のことで生計を立てている」或いは「お寺には住職と名乗るものはいるが、お釈迦さまのみ教えを私達に伝えて頂けない」などのお寺は檀家・門徒という制度は不要ではないでしょうか。

お布施にしても、僧侶が「み教えを伝える」ことによって得られるのがお布施であって「お寺を維持する」「そのお寺の生計を維持する」ためのお布施は、お布施という言い方を使っているだけであって、本当のお布施ではないと思います。