葬儀の歴史(始まり)

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   「急な葬儀」、どうすればと困ってしまいます
           

〇最初に、枕経(まくらぎょう)を依頼
〇 葬儀社を何処にするか、決めかねている方

〇 葬儀の時、お寺・僧侶を何処に依頼すればよいか、
  分からない方
僧侶・司法書士などのグループ
  元警察官の僧侶が顧問の
  「良心のお葬式」
電話06-6468-3051

葬儀の歴史

縄文・弥生時代

縄文・弥生時代の墳墓から、埋葬法の変遷が分かる。その墓は貝塚、洞窟、砂丘の中に多く見いだされる。人骨は伸展葬、屈葬、座位などのものもみられる。

死者を葬るには、土中に埋める方法が多く用いられた。土中から発見される死者は、多くは折り曲げられたり石を抱かされたりして、この世に蘇らないように圧迫されている。

縄文時代から弥生時代になるにしたがって、棺に納められるようになる。これは、死者の霊を恐れることと死者の霊を大切にして祖霊として子孫を守ってほしいという願いが込められたものと考えられる。

縄文時代は墓標は立てなかったようであるが、弥生時代は死者を追想するようになって墓標を立てるようになったようである。

火葬

火葬の始まり

火葬はインドに端を発し中国を経て我が国に伝えられた。それは仏教の伝来よりやや遅れ僧道昭によってなされた。
「続日本紀」「万葉集」の中に火葬がされたという内容の文があり6世紀末から7世紀ごろには、人が亡くなった場合は火葬の風習があったともいわれている。

持統、文武、元明、元正天皇は、火葬をもって葬られたという記録もみられる。これは、仏教的葬法であるとみることが出来る。カマド塚には、火葬人骨があり、火葬を行ったことが裏付けられている。

火葬の浸透

火葬はインドから中国へ伝わっていった。後に新羅に伝わり火葬が流行し始めた。日本においても奈良時代に全国的に普及浸透していった。又、上流階級人々をはじめ有位無位に関わらず広範囲に渡っている。

骨壺

遺骨の収納方法は骨壺と言われる鞠型の容器に納めて埋葬されている。骨壺には、陶製のものが多く、銅製、金銅製のものがこれに続いている。しかし、当時は土葬墳も少なくない。